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ミツメのニュー・アルバム『A Long Day』リリースを記念して、メンバー4人の個別インタヴューをここにお届けしたい。最初に登場するのは、ヴォーカルとギターの川辺素。このバンドのメイン・ソングライターでもある彼に、まずはここ数年の動きを振り返りながら、現在のミツメについて語ってもらった。これまでの作品にはなかったコンセプチュアルな匂いもただようアルバム『A Long Day』。その制作時に彼がイメージしていたものは、一体何だったんだろう。まずはそんなところから、新作の全容にゆっくり迫ってみたいと思う。

ーーまずは少しだけ遡ってみましょう。昨年5月、ミツメは「めまい」という4曲入りのシングルを発表しているんですけど、たしか当初はあのタイミングでアルバムを出すというプランもあったんですよね?

川辺 はい。あの時に録ったのは、「めまい」の4曲と、「ブルーハワイ」(7インチ・シングル)の2曲。つまり、同時期に6曲レコーディングしてるんですけど、結果的に「次のアルバムはこれでいこう」みたいなものは見つからなかったんです。たとえば、“ブルーハワイ”は「リズム・マシーンと生バンドの共存」みたいなことを考えながらつくった曲なんですけど、一方の“めまい”では、リズム・マシーンも何も入れずにギターを歪ませてみたり。あの時はそうやっていろんなことを試していたのもあって、10~12曲単位のテーマを据えるまでには至らなかったというか。

ーーなるほど。でも、その前にリリースした『ささやき』は、そういうバラバラな方向性の楽曲をひとつに収めたアルバムでもありましたよね。

川辺 そうですね。『ささやき』は、いろんな素材を縦横無尽に貼りまくったようなアルバムで。誰がどのパートを弾いているのか、よくわからない感じだったと思うんですけど、それから何度かライヴを重ねていくうちに、「次はこの4人で演奏していることが伝わるサウンドにしたいな。そこをもっと突き詰めたら、おもしろくなるかも」と考えるようになって。そこで、元々はベース2本と木琴が入ってくる“忘れる”という曲を、4人だけでも演奏できるように、もういちどアレンジしてみたんです。多分それが、今回のトーンを決めるきっかけになったんじゃないかな。

ーーそう、今回のアルバムって、サウンド全体に一定のトーンが貫かれているんですよね。このトーンはどのようにして決まったんですか。

川辺 今回のアルバムは、どの曲も4人一緒に「せーの」で録ってるんですよ。で、それにギター・ソロとかパーカッションをちょっとだけ足すっていう。つまり、どの曲も基本的には4人で成立するようなアンサンブルになってる。まずそれが、楽曲同士のトーンが近づいた要因のひとつですね。あと、今回はギターの音色全体に、音が揺れながら滲んでいくようなエフェクトをひたすら多用しまくっていて。

ーーたしかに今回のギター・サウンドって、モジュレーション系のエフェクトがほぼ延々とかかってますよね。で、それがアルバム全編にちょっと不穏なムードを演出している。これはどういうイメージから思いついたサウンドなんですか。

川辺 なんていうか、ちょっと気持ち悪い感じにしたいなっていうまおのイメージがありつつ、みんながピンときたのがあのサウンドでした。やっぱりギター2本にベース、ドラムという編成だと、どうしても既聴感のあるサウンドに落ち着いちゃうから、なんとかそこで自分達が新鮮に聴こえるサウンドを探していったら、結果としてああいう感じになったというか。あとこれ、すごくバカバカしい妄想の話になっちゃうんですけど…。

ーーぜひ。というか、むしろそういう話が聞きたいです。

川辺 「どっちもおなじバンドに影響されているはずなのに、出来上がったものはぜんぜん違う」みたいなことってありますよね? たとえば、日本人がXTCに影響されてつくった音楽と、韓国人がXTCに影響されてつくった音楽は、まったく別モノだったりする。多分それって、お互いのもつバックボーンの違いがあらわれた結果だと思うんですけど、そういうビミョーな違和感を、自分たちのアルバムでも出せないかなって。

ーーそれは「韓国人がXTCに影響されてつくった音楽」に対して、日本人が抱くような違和感ってこと?

川辺 そういう感じです。あるいは、宇宙人が見よう見まねでバンドをやってみるんだけど、文脈をまったく知らないから、おのずとサウンドがイビツになっちゃう、みたいな。そういう「型を知っていたら、まずこうはならないだろう」みたいなサウンドにしたいなという気持ちが、まず出発点にあって。完全にファンタジーなんですけど。そこで試行錯誤していった結果、この「ひたすらコーラスをかけたギターと、スカスカのドラムとベース」みたいな形に行き着いたというか。

ーーオーソドックスなバンド・サウンドのはずなんだけど、なんだかちょっとおかしいな、みたいな?

川辺 そんな感じですね。あと、今回はそれぞれの楽曲を構成している音数が少ない分、ベースにせよ、キックとスネアにせよ、ひとつひとつの音色を追い込む作業にしっかり時間をかけたんですよ。そのおかげで、アルバム・トータルの深みがグッと増したようにも感じていて。たとえば、音のレイヤーをいくつも重ねることによって見えてくる奥行きもあると思うんですけど、今回はそっちのやり方じゃなくて、鳴っている音のひとつひとつに、よりこだわってみたんです。

ーーでは、そうした川辺くんのイメージを具現化するうえで、なにかヒントになったようなものはありましたか。あるいは、アルバムの制作期間中によく聴いていた作品などがあれば。

川辺 特定のものをヒントにして、似せた雰囲気にしたくはないというのがありつつも『ストップ・メイキング・センス』はよく聴いていましたですね(トーキング・ヘッズ『スピーキング・イン・タンズ』ツアーの模様を収録したドキュメンタリー映画。1984年作。ジョナサン・デミ監督)。トーキング・ヘッズって、ずいぶん前に聴いた時はあまり興味がもてなかったんですけど、いつもアートワークをやってくれている関山雄太さんから「川辺、あれ観た?」と言われたのもあって、あのDVDを買ってみたんです。そうしたら、「これはいいぞ。しかも、今あまりないサウンドだな」と。

ーーそう言われてみると、たしかにトーキング・ヘッズの音楽性って、川辺くんがさっき話していた妄想ともリンクしそうな感じがしますね。

川辺 そう。確かに色々な要素が含まれているのはわかるんだけど、芯の部分でズレているような違和感をうまく形にできているように感じたのがトーキング・ヘッズだったんです。だから、「なんでこれがかっこいいんだろう?」みたいなことをずっと考えながら、なんどもライヴ盤を聴いてましたね。あと、今回のアルバムに関しては、「日常生活から大幅にそれたようなサウンドにはしたくないな」という気持ちも多少あって。

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ーーというのは?

川辺 去年、親類が亡くなったんです。あと実家で飼っていた犬が死んだり、去年は個人的にけっこういろんなことがあった年で。それに、ここ1年間は海外でも大変なことがたくさん起きていたじゃないですか。で、日本も今こんな感じだと。そうしたなかで、「自分の気持ちの置きどころって、どこにあるんだろう?」みたいなことをずっと考えてたんです。たとえば、選挙に行けばプラス1にはなるけど、必ずしも自分が思った形の結果になるとはかぎらない。そういう「どうにもならない事と、自分」みたいなこと身を持って感じて、それがアルバム全体のテーマになったというか。

ーーなるほど。では、そうした心情は作詞にどう影響しましたか。印象としては、『ささやき』の歌詞は淡々と描写に徹している感じだったけど、『A Long Day』はもっと感情が汲み取りやすくなったというか。あと、全体的に「たられば」的な仮定表現も多くて。

川辺 (笑)。たしかにそうですね。

ーーつまり、そこには「後悔」とか「願い」みたいなものが込められているようにも聴こえる。ある意味、読み手は感情移入しやすくなったと思うんですよ。

川辺 たしかに、わりと一般的なものが歌詞になってます。自分の身のまわりにおきた個人的なことを、メタファーを使って表現している部分もあります。さっき話したような個人的な話は歌詞に出てこないし、それ自体を表現したいわけではないんだけど、同時に全部が全部創作ではなく一部は事実を自分のなかにあるものと置き換えた言葉でもあるから、歌詞を読んだ人が感情移入しやすくなったのかなって。あと、いま読み返すと、『ささやき』の歌詞は酔っている状態に近いんですよね。で、今回は覚醒している感じ。シラフの歌詞だなと思っていて。まあ、これは今までと比較すればそうかなってくらいの話なんですけど。

ーーあと、今回のアルバムって、耳に残る一節がたくさんあるんですよね。たとえば、“真夜中”の〈思い出はいつか まぶしい花束に変わる〉なんて、いつになく詩的というか…。

川辺 あはは(笑)。

ーーそれこそ『ささやき』の頃の川辺くんは、歌詞にそういうパンチラインをあえて入れないようにしていたから。きっとそこには意識の変化もあったんだろうなって。

川辺 さっきの流れでいうと、「どうにもならない事と、自分」というテーマは、いちおう自分のなかで解決していて。つまりそれは「どうにもならないよね」っていう解決の仕方なんですけど、そのおかげで、いくらか腑に落ちるセンテンスにはなったのかもしれないですね。逆にいうと、以前の歌詞は、それよりも前の何かについて深く考えを煮詰める前の段階で止めている感じだったので。これまでの作品となにか違いがあるとしたら、その程度のことかもしれない。

ーーなるほど。じゃあ、バンド内でのやりとりについてはどうでしたか。今回は音数も少なめだし、きっと前作とはアプローチがぜんぜん違うと思うんですが。

川辺 今回は、あんまりデモ音源を作り込まなかったんです。というのも、今まではみんなで音を出す前に、まずは家でアレンジの作業をわりと入念にやってたんですけど、ここ最近はみんなでなんとなく演奏していても、けっこうアレンジがまとまるようになったので、あえて今回はスタジオ入りする前のアレンジをラフな状態にとどめておいて、実際に4人で音を出しながら詰めてみようと。結果として、今回はそれですごくいい形に収められたんですよね。

ーー今のミツメは、そこまで作り込んだデモを用意しなくても、4人のセッションでアレンジを練られるようになったと。

川辺 はい。僕らにとってのデモ制作って、いわばその方向に行くためのギブスを固めるような作業だったんですよ。つまり、トータルでやるべきことをある程度は決めておいて、あとはそれをスタジオでどう再現するかっていう。でも、最近はそうやってギブスでガチガチに矯正したり、ありきたりな言葉におきかえなくても、そのフィーリングを4人で共有しあえるようになった。つまり、この4人の肌感覚でバンド・サウンドをつくれるようになったんです。

ーーそれって、間違いなくライヴを重ねてきたことの成果ですよね。特に「めまい」ツアー。あの時のどんどん曲をつなげていくライヴ構成は、今回のアルバムにかなり大きな影響を及ぼしたんじゃないかなって。

川辺 そうですね。実際、今回のアルバムでは「ライヴでやれたことをしっかり音源に持ち込めたらいいな」と思ってたし、「めまい」ツアーはそのきっかけにもなりました。曲間のつなぎをしっかり作り込みつつ、その日その日でライヴに変更をどんどん加えていくうちに、各メンバーが自由に演奏できる裁量もグッと増えたので、それがアルバムにも反映されたんじゃないかなって。というか、「各メンバーが携わっているパートに責任をもって、このバンドに最高のアプローチを投げかけたら、ミツメはもっといいバンドになれるんじゃないかな」っていう気持ちは、以前からずっとあったんですよ。で、今回はそれがうまくできた。これ、ものすごい進歩だなって僕は思ってるんです。

 
Text : 渡辺裕也
Photo : トヤマタクロウ