mitsume Ghosts

2019.4.3
CD LP
11Songs

mitsume.me

mitsume Ghosts

川辺素

4回にわたってお届けしてきたミツメのメンバー個別インタヴュー。ラストはヴォーカル/ギターの川辺素に締め括ってもらおう。リード・シングル「エスパー」に取り掛かるところから始まった『Ghosts』の制作期間を「とにかく今回は自分自身と向き合うことが大切だった」と振り返る川辺。そんな『Ghosts』を包括するふたつのテーマとは何だったのか? あるいはそのリファレンスとは? バンドのメイン・ソングライターである川辺が、そのすべてを語ってくれた。

ーー『Ghosts』を聴いていてふと思ったのが、もしかするとこのアルバムは「時間」がテーマなんじゃないかなと。つまり、今作には「時の経過」にまつわる歌が並んでいるように感じたんですけど、実際はいかがですか。

川辺 たしかにそれは大きなテーマでした。というのも、今作のインスピレーションとなったもののひとつに、芥川龍之介の『早春』という短編小説があって。『早春』は博物館で男が女を待っていて、結局その女は来なかったという、ただそれだけの話なんですけど。待っているあいだの女が永遠に来ない感じとか、最後の数行に書いてある後日談に、なんていうか、時間の流れの本質を見たような感じがしたんです。渦中にいるときの時間の流れ方と、過ぎ去った時間の流れ方。自分もそういう視点で制作してみたいなって。

ーー時間の流れ方は、その時々の感覚で変化すると。

川辺 そうですね。ほんの一瞬がものすごく長く感じたり、過去に起きたことが最近のことに思えたり、そういう感覚が描けたらいいなって。

ーーこの『Ghosts』というアルバム・タイトルもそのテーマに由来しているのでしょうか?

川辺 そうですね。今回のアルバムには「不在」に関する曲が多いんですけど、そこには「不在=時間の経過がもたらすもの」みたいな相関関係もあるのかなって。時間が流れたらそこに在ったものがなくなるのは常だし、逆に誰かがいないことや、その人がいたことを思い出すことで時間の経過を実感することもある。今はそういう想像力が大切なんじゃないかなと思って。

ーーその「想像力が大切」というのは、今の社会に対して感じていること?

川辺 そうですね。今はそういう想像力が社会的にも欠如している時代になりつつあるような気がする。でも、本当に想像力のある人って、よく聞くたとえ話かもしれないんですがその日の八百屋に並んでいる品物や値段を見れば、それだけで社会全体が見渡せると思うんです。「昨日よりトマトの値段が上がっている」とか、「産地が変わってる」とか、「今日はあの品物がない」とか、そういうことから現状や未来を想像できる。つまり、ちゃんと真剣に生活するということは、自分の表現にもつながっていることなんだなと思ったんです。そういう意味でいうと、今回の制作ではフラットな状態の自分と向き合うことがいちばん大切でした。

ーー日常的に意識を研ぎ澄ませていたということ?

川辺 そういう感じです。あと、これも今作のもうひとつのテーマとして、二面性みたいなものが表現できたらいいなと思ってました。

ーー二面性?

川辺 ちょっと抽象的な話になるんですけど、自分はこのアルバムを作っているときに「雪山」のイメージを浮かべていたんです。雪山って昼はとても雄大で、「次に春がくるんだな」というような、それこそ春の不在を感じさせるところがあるけど、それが夜になると生命を脅かすような厳しさがあって、ふつうに人が死んだりする。そういう二面性が漠然と頭のなかにあったんです。

ーーそこにも何かヒントがあったんでしょうか?

川辺 『死に山』という、ディアトルフ峠事件(1959年、当時のソ連領ウラル山脈北部で男女9人が不可解な死を遂げた遭難事故)を追った本があって。その事件の真相はいまだにわかっていなくて、彼らはエイリアンに誘拐されたんじゃないかとか、核実験が起きたとか、猟奇的な人がいたとか、いろんな説があったらしいんですけど、一方でその学生さんたちはただ雪山の綺麗な景色が見たかったっていう。今回のアルバムではそういう美しさと怖さが同居してるような質感をイメージしていたので、そのイメージと合いそうな楽曲を20曲くらいの候補から選んで、最終的にこの11曲になりました。

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ーーでは、サウンド面については如何でしょう? 「時の経過」「二面性」というテーマ、あるいはそこから「不在」というキーワードが浮かび上がってきた時、川辺くんはどんなサウンドをイメージしたのでしょうか。あるいは、そこでインスピレーションとなった音楽があれば教えてほしいです。

川辺 今回のアルバムでは全編おなじようなムードが流れている感じをイメージしていました。なので、たとえば改めてスライ&ザ・ファミリー・ストーンの『暴動』はけっこう聴いてましたね。あとはカンの『フューチャー・デイズ』とか。ああいうどこにもない民族音楽みたいなものが今やれたらいいなって。

ーーなるほど。比較的最近の音楽でいうと、なにか参考になったものはありましたか?

川辺 再発だったらあるんですけど、新譜だとあまりないんですよね。同じようなムードがずっとつづくアルバムになかなか出会えなくて。ただ、コンピューマさんが出してる山が表紙の『SOMETHING IN THE AIR 3』とか、アスパラさんの『蘭丸』とか、DJのひとが出しているミックスCDは質感に関するイメージのもとになりました。あと、柴崎祐二さんが書いてる記事もすごくおもしろくて。

ーー俗流アンビエントに関する記事ですね。たしかにそれは参考になりそう。

川辺 あとはララージの来日公演を観に行ったんですけど、あの一時間ずっとおなじようなことをやっている感じもよかったですね。音響的にすごくいいなと思ってました。

ーーつまり、サウンド面のキーワードはアンビエント?

川辺 ギターやシンセでいうと雅生が組み立てていたので、僕がどうこうしてって感じでもないんですが。「エックス」や「ふたり」のトーンは自分が聴いていた音楽と通じている印象があって、今回のアルバムはこういう方向でいけたらいいなって。

ーーアルバム一枚をとおして一定のトーンが貫かれているという点は、前作『A Long Day』と共通しているようにも思ったのですが。

川辺 たしかにそうですね。ただ、前作は使う音色に制限を設けたことによっておのずと雰囲気が揃った作品だと思うんですけど、今回はどちらかというと曲の構造や骨格、あるいはその崩れ方に通底したものがある作品なので、上モノで饒舌な色使いをしてもアルバム全体のムードはそんなに変わらないように感じたし、むしろ前作よりも揃っているんじゃないかなと思っていて。

ーーたしかに。では、ここまで川辺くんが話してくれた歌詞とサウンドに関するイメージは他のメンバーとも共有していたんでしょうか?

川辺 いや、そこについては自己完結していたというか。先ほどの二面性と雪山の話はアレンジを詰めていく段階で伝えましたけど、別にそういうものをみんなで作ろうとする必要はないなと思ってました。むしろ今回はどのメンバーにも「こういう方向性に導きたい」みたいな気持ちがなかったんじゃないかな。それよりも自分と向き合っている時間のほうが長かったような気がするし、個人的には今回の制作で「表現したいことがあるからやる」という気持ちにもうひとつギアが入ったような感覚なんです。これまでのアルバム4枚で実験を重ねてきたところから、さらに一歩先に行けた感じがするというか。

ーーうん。僕も今回のアルバムでミツメは次のフェーズに入った感じがしてます。

川辺 以前よりも深いところまで考えられるようになったと思うし、新しい制作方法の第一歩になったという意味では、ファースト・アルバムをだしたような気持ちに近いんですよね。特に今回の制作は「エスパー」でもがき苦しむところから始まったので。

ーー「エスパー」を書くときはそんなに大変だったんですね。

川辺 そうですね。あのときは「ポップ・ソングをつくる」というテーマを設けてはみたものの、「一体なにをつくればいいんだろう…?」みたいな感じだったので、そこから転換できたのはすごく大きかったんです。実際、今回のアルバムをつくるなかで「自分はなにをつくればいいんだろう?」みたいな気持ちは一切なかったし、むしろ今作を通じて「自分が作りたいものを作る」ってことが身に染み込んだ気がする。「ミツメらしさ」みたいなこともあまり考えなくなりました。最近はそれよりも「作りたいものを作っていくためにはどう生活していくべきなのか」を考えることのほうが大事だなと思ってて。

ーーこれはなんとなく思っていたことなんですけど、ここ数年のミツメはライヴやトリビュートへの参加などを通じて、さまざまなバンドのカヴァーにも取り組んでいたじゃないですか。それも自分たちのことを見つめ直すいいきっかけになってたのかなって。

川辺 たしかにそれはありますね。対バンした思い出野郎Aチームやシャムキャッツのカヴァーをやらせてもらったのも、自分を知る機会になったというか、やっぱり模倣してわかることってあるんですよね。そういうのも含めて、コピー・バンドをやってた頃に得たものの大きさを久しぶりに思い出した感じはありました。それこそ最近は誰に聴かせるわけでもなく、ひとりでコピーをやってみることも増えたし、初心に帰るような瞬間がここ数年になんどもあったので。やっぱり曲作りを中心に生きていきたいな」という気持ちも強くなったし。

ーーその気持ちはいつ頃から強くなったんですか?

川辺 「エスパー」をつくっていた頃かな。あのときは本当に身を削っているような感じだったので「これはもう他のことをやってる場合じゃないな」と思ったんです。自分が器用じゃないのもわかったし、余裕のある生活をするためになんとなく二足のわらじでやっていくことをめざすみたいなことはもう諦めたほうがいいなって。というか、自分はもうこれでいこうという気持ちになれた。そういう意味でも『Ghosts』は記念碑的なアルバムになったと思ってます。


Text : 渡辺裕也
Photo : トヤマタクロウ